豊田陽平の出身高校

豊田陽平 プロサッカー選手

豊田 陽平(とよだ ようへい、1985年4月11日 - )は、石川県小松市出身、Jリーグ・サガン鳥栖所属のサッカー選手。ポジションはフォワード(CF)。

中学時代までは積極的にサッカー選手を目指していたわけではなかったが、高校受験に失敗し、結果的に地元石川県の強豪校である星稜高校へ進学したことで、本格的にサッカー選手としての道を目指すことになる。在学中のスポーツ測定記録では、母校の星稜高校の先輩である松井秀喜(元プロ野球選手)の記録を複数項目で更新した。一学年後輩に本田圭佑や橋本晃司がいる。

2004年に名古屋グランパスエイトに加入。2004年8月21日の磐田戦にてJリーグ初出場。2005年7月13日の鹿島戦で初得点を決めた。

2007年、出場機会を得るため、モンテディオ山形へ期限付き移籍。7月1日、サテライトリーグの横浜FM戦で相手DFと接触して小腸破裂の大怪我。あと数センチ破裂箇所がずれていたら、命が危うかった可能性もあった。

2008年は、4月に右脚の骨折に見舞われるが、北京オリンピック(後述)から帰国後は14試合に出場し9得点を挙げ、チームのJ1昇格に貢献(五輪後、豊田が得点を決めた試合は6勝2分の無敗)。

シーズン終了後、名古屋へは復帰せず京都サンガF.C.へ完全移籍。2009年の開幕戦では先発フル出場を果たし、第7節の磐田戦で移籍後初ゴールを挙げる。しかし、第15節以降はスタメン起用が無く、シーズン終盤にはベンチメンバーからも外され、この年は1得点に終わった。

2010年、サガン鳥栖へレンタル移籍。鳥栖では主力選手として、リーグ戦13得点を挙げた。2011年も鳥栖へのレンタル移籍期間を延長して、23得点を挙げJ2得点王となり、鳥栖のクラブ史上初のJ1昇格に貢献した。J2得点王となったことで他クラブからも注目されるようになり、G大阪や清水からのオファー報道があったが、2012年より鳥栖に完全移籍し残留した。

2012年、クラブJ1初参戦となった鳥栖ではシーズン序盤こそ得点が伸び悩んだが、後半になるにつれて持ち前の得点力を発揮し、最終的に得点ランク2位の19得点を挙げ、自身初のJリーグベストイレブンに選出されるなどチームの5位躍進に貢献した。シーズンオフには上海申花などからの高額オファーもあったが残留を決めた。

2013年3月30日のJ1第4節・対磐田戦(ヤマハスタジアム)で、自身Jリーグ2度目、J1では初のハットトリックを記録。3得点が全てヘディングによる達成で、これはJリーグでは長谷川祥之、高木琢也、中山雅史、呂比須ワグナーに次ぐ史上5人目、14年ぶりの記録となった。

2014年11月2日のJ1第31節・対ヴィッセル神戸戦(ベストアメニティスタジアム)で2ゴールを挙げ、このシーズン15ゴール目となり、J1で3年連続15ゴールを達成。日本人としては三浦知良、武田修宏、中山雅史に続く史上4人目の記録となった。

2008年、北京オリンピックの日本代表に選出されグループステージ全3試合に出場。ナイジェリア戦では途中出場ながら大会を通してチーム唯一の得点を決めた。

以後、日本代表(フル代表)に呼ばれることはなかったが、2013年7月15日、アルベルト・ザッケローニ率いる東アジアカップ2013日本代表として初選出され、7月25日のオーストラリア戦で代表戦初出場を果たした。大会期間中得点は挙げられなかったものの、最終戦の韓国戦終了間際に自ゴールに吸い込まれる寸前のボールをヘディングではじき返すなど攻守で存在感を見せた。

以後、キリンチャレンジカップ(国際親善試合)2試合に出場し、W杯ブラジル大会日本代表の予備登録メンバーに選出されたが、本大会メンバーへの繰り上げは叶わなかった。

2014年11月14日、キリンチャレンジカップのホンジュラス戦(豊田スタジアム)で、代表初得点を決めた。

日本人離れした体型と、ディフェンダーにもあたり負けしない身体能力を生かしたパワフルなプレースタイルが特徴。ジャーナリストの小宮良之は「とにかく横からのボールに強い。強靱でしなやかなふくらはぎと背筋を使った空中戦はアジア屈指」と評し、サッカー解説者のセルジオ越後は自身のコラムで「185cmの高さばかり注目されるけど、彼は速さと強さも高いレベルで兼ね備えている。ハーフナーよりも万能なタイプ」と評している。マッチアップする事の多い平岡康裕は「トヨさんはJリーグでもトップのFW。高さも、強さもあって、それに動きの速さもあるんですから。(セットプレーはマーク役を務めたが)ヘディングで競りに行くだけでも一苦労ですよ」と語っている

本人は「前線からの守備」をアピールポイントの一つに挙げている。

負けず嫌いの性格からかピッチ内では勝負にこだわり、時に相手と一触即発の雰囲気を醸し出してチームメイトに諫められることもある。しかしピッチを離れるとマイペースではあるものの探求心や好奇心は旺盛で、礼儀正しい性格であるという。 ファンサービスには定評があり、特に子供には優しい。

「トヨグバ」の異名は日本人離れした体型とパワフルなプレースタイルから、コートジボワール代表のディディエ・ドログバをもじって山形時代のコーチが名付けたもの。チームメイトからは「トヨさん」(ユース出身者や星稜高校の後輩・鈴木大輔、柿谷曜一朗など日本代表のチームメイトからは「トヨくん」)、星稜高校の恩師・河崎護からは「トヨ」と呼ばれている。

鳥栖移籍後は濃いピンクのマウスガードを着けてプレーしており、豊田のトレードマークともなっている。これは鳥栖の歯科医院で作ってもらった特注品である。日本代表初招集にあたって日本代表バージョンの紅白のマウスガードを作成した。

※太字はリーグ最多記録

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性別
男性
生年月日
1985年4月11日生まれ

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